小林亜星(作曲家)若い頃は医学部で息子やCMソングの名作は??

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小林亜星(作曲家)若い頃は医学部で息子やCMソングの名作は??
「北の宿から」や数々のCMソングを

手掛けた作曲家の小林亜星(こばやし・あせい)さんが

5月30日、心不全のため東京都内の病院で

死去してしまいました。

日立グループの顔とも言えるCMソングとなりました。

1973年にCMソングが誕生してから約48年、

CMソング「日立の樹(この木なんの木)」を

作曲した日立製作所は「小林亜星さんには、

弊社のCMソング『日立の樹』の作曲を

手掛けていただきました。

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小林亜星(作曲家)のプロフィールについて

名前  小林亜星

生年月日  1932年8月11日(88歳没)

出身地  東京都渋谷区

身長         169cm

血液型      0型

事務所  アストロミュージック

 

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亜星さんは逓信省(現総務省)官僚の父と、

小劇場の女優だった母の間に生まれた。

父方の祖父が医師だったため、

父から「将来は医師になれ」と言われて育ったそうです!

幼少期から音楽が大好きでバンド活動も行っていたが、

猛勉強して慶大医学部に進学した。

だが、父に内緒で経済学部に転部。

卒業後は日本製紙に就職し、約1カ月で退社。

その後は紙問屋を立ち上げて営んでいたが、

大好きな音楽の道に進むことを決断。

作曲家・服部正さんを師匠に。

小林亜星さんの母親の名前は、塩子さん

母親は長野の出身で、

実践女学校の専門学部を卒業しています!

新築地小劇場の劇団員として活動していました。

亜星さんの名前は、母親が尊敬する

演出家の息子の名前をとって

「亜星」と付けられています。

理論的な塩子さんは、92歳まで何でも自分でこなし、

102歳で亡くなっています。

母親の兄の孫は、経済学者の有賀敏之

(あるが・としゆき)さんです。

小林亜星さんには妹がいて、

名前は川村みづえさん。

妹さんは美大を出て、

イラストレーターとして

レナウンの宣伝部に勤めていました。

新しいコマーシャルを作るスタッフになったとき、

兄貴が作曲できるらしいです

と言ってくれたおかげで世に出たのが、

レナウンのコマーシャルソング『ワンサカ娘』でした。

小林亜星さんの奥様の名前は、小林早苗さん。

1938年〈昭和13年〉生まれなので、

亜星さんより6歳年下になります。

妻・早苗さんは、渋谷区代々木の生まれ。

山脇学園女子短大・家政科を卒業後、

ヘラルド映画、電通、TBSなどを経て、

亜星さんと結婚しました。

なんと作曲家という肩書も持っています。

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小林亜星(作曲家)息子

実は亜星さんはバツイチです。

朝夫さんは前妻・英子さんとの間に

生まれた長男のようです。

小林朝夫さんは俳優時代「太陽戦隊サンバルカン」の

バルパンサー「豹朝夫」を演じていました。

亜星さんもその父親役として出演し、

親子共演を果たしていたそうです。

俳優活動を終了後、塾講師として

大変有名だったそうです。

大原予備校、市進学院、TAP進学教室、のちに

サピックス進学教室を歴任。

1999年の朝日新聞で『塾の世界で、

小林先生を知らない人はいません

「国語の神様」です』との見出しで

特集されるほどでした。

2013年4月22日弘前市のアパートで

女子高校生にみだらな行為をしたとして、

2013年6月に県条例違反の疑いで

逮捕されています。

この女子高生の裸などを、

携帯電話で撮影していたことから、

「児童ポルノ製造容疑」で再逮捕され、

同日、罰金60万円の略式命令を受けています。

朝夫さんは罰金を即納し釈放はされたものの、

以降、表舞台からは遠ざかっており、

現在は、ツイッターで、

毎日、富士山の噴火や地震などの予言を

ツイートされています

地震予知能力があることを自称されています。

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小林亜星(作曲家)CMソングの名作は?

ハトヤの「伊東に行くならハトヤ♪」は、

ポップなアニメ、そして作家野坂昭如による、

キャッチ―な歌詞が、桑田佳祐世代の記憶に

強く残っています。

そして、日立の「日立の樹(この木なんの木)」、

ブリジストンの「どこまでも行こう」、

ライオンの「ふりむかないで」、

大関の「酒は大関こころいき」など、

コマーシャルソングでありながら、

流行歌としてもヒットした楽曲が多数あります。

また「ママとあそぼう!ピンポンパン」の

ピンポン体操や、埼玉西武ライオンズの球団歌

「地平を駈ける獅子を見た」も、小林亜星の作曲です。

小林亜星の作曲家人生は、

まさに昭和のテレビやTVCMとともにありました。

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最後に

小林亜星が、人気テレビドラマだった

「寺内貫太郎一家」のDVD発売に伴い、

久々にマスコミに登場して話題になりました。

「寺内貫太郎一家」は、TBSの鬼才ディレクター久世光彦が演出、

脚本を向田邦子が担当したホームドラマで、

下町で代々石屋を営む一家の物語でした。

妻役にはベテラン女優の加藤治子。

息子には、新御三家の一人で当時人気絶頂だった西条秀樹。

お手伝いには、アイドルの浅田美代子が。

また姉には、映画界で注目の梶芽衣子、そして祖母には

樹木希林といった豪華なキャストだった「寺内貫太郎一家」。

主役の寺内貫太郎については、

昭和の頑固親父のイメージに固執した向田邦子のたっての願いで、

長髪でいかにも業界人だった小林亜星に白羽の矢が立ったのです。

小林亜星は、いきなり丸刈りにされ、

衣裳を着せられたそうで、その姿をみて向田邦子は、

「この人が寺内貫太郎よ!」と叫んだとか。

インタビューに応じた小林亜星は、

まるで寺内貫太郎のように、

今の歌謡界に対して、一喝を浴びせています。

「流行歌の世界が全くダメ。

紅白歌合戦も、みんな昔の歌を歌っている。

演歌なんて何も新しいものがない。

何かに似たような詞ばかり。流行歌は滅びたね」。

さらに、その原因は何かと問われると、

「作曲家、作詞家がいけない。

現代を直視して現代を表現していない」とズバリ。

またテレビ業界に関しても、

「今は、あらゆる点で他人行儀で杓子定規。

今は、仕事でテレビ局に出入りするのさえ大変。

作り手はもっと家族意識を持たないとね」と、

苦言を呈しています。

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