増田恵子(アイドル)野口五郎熱愛の真相と結婚相手の夫(旦那)桑木知二とは?

アイドル

 

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増田恵子(アイドル)野口五郎熱愛の真相と結婚相手の夫(旦那)桑木知二とは?

増田恵子さん、7/10(土)の19:56から

日本テレビの番組で、世界一受けたい授業に

生徒役ゲストとして出演します!

増田恵子さん、プライベートが気になり、

野口五郎熱愛の真相や結婚相手の夫(旦那)桑木知二とは

気になり、リサーチしました!

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増田恵子(アイドル)のプロフィールについて

名前  増田恵子

生年月日  1957年9月2日(63歳)

出身地  静岡県静岡市葵区

身長  162cm

血液型  0型

事務所  ケイ・オフィス

1961年にお父さんが亡くなり

増田家の養女となって焼津市で育ちます。

複雑な家庭環境だったんですね!

1972年中学3年生の時に後に

ピンクレディーでコンビを組む

ミーさんと出会い、翌年高校入学後に

2人でヤマハのオーディションに

参加して優勝しています。

1974年に浜松のヤマハボーカルスクールに

ミーさんと通い始め、「クッキー」という

名のデュオを組んでヤマハポピュラーソング

コンテストに出場しました。

デビューはその2年後で、

「ピンクレディーのケイ」としての

活動が始まりました。

ピンクレディーの可愛いポップスを

歌いながら踊るスタイルがたちまち大人気となり、

歌う曲は全て大ヒット。

オリコンで連続9曲が1位を獲得し、

10曲連続ミリオンセラーを記録しています。

当時では新記録でした。

一世風靡を風靡しましたね!

ピンクレディーの歌の振り付けを

小さな子供から中高生、更に大人までもが

真似して踊るようになり、

キャラクターグッズは爆発的に売れるなどの

経済効果を発生させています。

ピンクレディーは全米デビューも果たしデビュー曲は

ビルボード総合37位を獲得しています。

ピンクレディーは全米デビューも

果たしていたのですね。

ピンクレディーは1981年に解散し、

増田恵子さんはソロ歌手となります。

その時に芸名を本名の増田啓子から

増田けい子に改め、

初シングルの「すずめ」は26.7万枚の

ヒットを記録しています。

そして女優としても2003年までに

30本以上のドラマに出演しています。

2003年以降女優活動は休止していましたが、

2017年にNHK総合のドラマ

「お母さん、娘をやめていいですか?」に出演しています。

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増田恵子(アイドル)野口五郎熱愛の真相

増田恵子は、著書「あこがれ」の中で、

ピンクレディーがアメリカ進出を果たした

1979年に、野口五郎と熱愛関係に

あったことを明かしています。

当時の野口五郎といえば、西城秀樹、郷ひろみと並んで

”新御三家”と呼ばれた大人気アイドル。

その頃のピンクレディーは、

日本でのセールスが振るわなくなっていたとはいえ、

もしスッパ抜かれていたとしたら、

かなりの大ニュースとなっていたことは間違いありません。

今となっては過ぎたる話ですが、

ファンにとって聞き捨てならないのは、

この2人の関係が、

ピンクレディーの解散理由だったという噂。

ピンクレディーのアメリカ進出を前に、

野口五郎と熱愛中だった増田恵子が

グズグズ言い出したことで、

未唯との間に軋轢が

生まれてしまったのは事実のようです。

アメリカ進出で成功をおさめた後、

増田恵子が野口五郎との結婚を熱望して、

ピンクレディーが解散に至ったとの噂。

増田恵子は、将来を考えて

女優転身を望んだことが

原因だったとしていますが、

それは後付けの解散理由だった

可能性もありそうです。

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増田恵子(アイドル)結婚相手の夫(旦那)桑木知二とは?

増田恵子が2002年6月23日に結婚した夫は、

4歳年上の桑木知二です。

東京都出身で、早稲田高等学校卒業、

青山学院大学を中退している桑木知二。

増田恵子と桑木知二は、

テレビ番組を通じた約20年来の知り合いで、

その間には、1年ほど交際していた時期も。

増田恵子と夫・桑木知二の結婚は、

いわゆる”元サヤ婚”でした。

音符型の結婚指輪は、音楽によって築き上げられた

2人の固い絆がうかがえるものでした。

増田恵子との結婚時は、

音響会社「ギルド・ジャパン」の社長でした。

「ギルド・ジャパン」は、ミキサー技師だった桑木知二が、

1986年に設立した会社。

1990年代を中心に、多くのドラマや映画の音響を手掛けた他、

JINROのCMでは、郵政大臣賞を受賞しています。

相当なやり手だったんですね!

桑木知二が社長を務める「ギルド・ジャパン」は、

2004年1月に自己破産しましたが、

関係者によると、夫婦仲は良好で、

離婚の心配は全くなし。

2人には子供はいないものの、増田恵子にとって、

バセドゥ病の闘病を支え続ける桑木知二は、

かけがえのない存在となっているようです。

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最後に

増田恵子は、ピンクレディー解散から10年目、

念願の映画初出演の撮影中に、

バセドゥ病を発症しています。

 

バセドゥ病とは、甲状腺ホルモンが過剰に作られる難病。症状としては、四肢の麻痺や頚部の膨張、眼球突出による視力低下が代表的です。

増田恵子は、不調を、3年間も周囲に隠し続けた結果、

たった数段の階段すら登れないほど症状が悪化。

投薬によって、結婚前には症状が落ち着いていたものの、

再び悪夢が蘇ることとなってしまいました。

増田恵子にピンクレディー

再結成の仕事が舞い込んだのは、

バセドゥ病の症状が落ち着き、

結婚した翌年の2003年のことでした。

仕事の予定は、2年間で、ステージ約100本。

すでに40歳を超えていた増田恵子でしたが、

”ピンクレディーのケイちゃん”として、

ファンをがっかりさせないために、

かつてと同様の激しいダンスに挑みます。

しかし、この肉体への過剰な負担が、

増田恵子のバセドゥ病を再発させてしまいます。

再結成会見時の増田恵子の膨らんだ首に

異様さを感じていたファンも少なくありませんでしたが、

彼女は決して病気を明かさずに

コンサートツアーを完遂。

もはや病状を隠せなくなった2005年のツアー終了時に、

自身のブログにて、バセドゥ病を告白しました。

加えて2013年には、難聴やめまいを伴う

メニエール病を発病しています。

現在の増田恵子は、継続的な仕事で

体を酷使することが難しいため、

あえて仕事をセーブしている状態といえそうです。

ここまでの責任感はどこからくるのでしょうか!

人間としても素晴らしい方ですね!

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