未唯mie(ピンクレディー)結婚相手の 旦那(夫)馴れ初めは?子供は?弟!?(動画有り)

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未唯mie(ピンクレディー)結婚相手の 旦那(夫)馴れ初めは?西城秀樹のファン!?
誰もがきっと一度はまねする。「ペッパー警部」「UFO」

 

「サウスポー」…。静岡が生んだ名デュオ、ピンク・レディーのヒット曲。

耳に残るメロディーと切れ味鋭いダンスは、四十年以上色あせないですね!

未唯mie(ピンクレディー)結婚相手の 旦那(夫)馴れ初めや子供はいるのか

西城秀樹のファンだったのでしょうか?リサーチしました。

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未唯mie(ピンクレディー)のプロフィールについて

名前  未唯mie  本名  根本 美鶴代(ねもと みつよ)

生年月日  1958年3月9日(63歳)

出身地  静岡県静岡市葵区

身長  165cm

血液型  A型

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ミーは2人兄弟の長女として静岡県で生まれる。

父親は砂利採取業で生計をたていて、

ミーが小学校6年の時に山梨県南巨摩郡南部町に

引っ越し中学1年に静岡市へ戻ってくる。

1972年の中学3年生の時、のちにピンクレディーで

コンビを組むケイさんと出会った未唯 mieさんは、

翌1973年の高校1年生の時、

ケイさんとヤマハのオーディションに参加し、優勝。

その後1974年、ケイさんと浜松のヤマハボーカルスクールへ

通い始めた未唯 mieさんは、『クッキー』というデュオを組み、

ヤマハポピュラーソングコンテストに出場しています。

そして1976年、未唯 mieさんはケイさんと共に

「ピンクレディー」のミーちゃんとして、

シングル『ペッパー警部』でデビューしました。

このデビューシングル『ペッパー警部』は、

出荷ベースではミリオンセラーの大ヒット。

そんなピンクレディーのヒット曲には、

『S・O・S』『渚のシンドバッド』『UFO』『サウスポー』

『モンスター』などがあります。

次々にヒット曲を出したピンクレディーは、

オリコンで連続9曲1位、10曲連続ミリオンセラーとなり、

当時の新記録となっています。

その後、ピンクレディーは全米デビューも果たし、

ビルボード総合37位を獲得しています。

1981年にピンクレディーが解散してからはソロ活動を行い、

歌手の他、タレントや女優など幅広く活躍している未唯 mieさん。

1984年には、未唯 mieさんの6枚目のシングル

『NEVER』がドラマ『不良少女とよばれて』の主題歌に起用。

オリコン週間10位以内にランクインし、

自身最大のヒット曲となりました。

1998年からは、アニメタルファミリーの

アニメタルレディーとしても活動しています。

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未唯mie(ピンクレディー)結婚相手の 旦那(夫)馴れ初めは?

1998年に結婚されています!!!

結婚相手の旦那さんは、”佃淳三”さんです!

佃淳三さんは、アニメタル(ANIMETAL)のプロデューサーで、、、

未唯mieさんが1998年にアニメタルレディーとして

活動を始めたことがキッカケで出会ったようです!

この出会いがキッカケとなり、二人は意気投合して

交際に発展し結婚に至ったわけですね!

未唯mieさんと佃淳三さんとの間に、子供はいません。。。

未唯mieさんは40歳での結婚となりましたので、、、

子供には恵まれなかったのでしょう。。。

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未唯mie(ピンクレディー)弟!?

アイドルデュオ「ピンク・レディー」の未唯mieさんが

3月9日にInstagramを更新。63歳バースデーの「前夜祭」を

弟・根本勝義さんらとお祝いしたことを報告しています。

写真だけで幸せそうな空気が伝わってくる!

根本さんがやっている東京麹町の料理店「季節料理 根本」を

友人とともに訪れた未唯mieさん。

コロナ禍の影響もあって、店内が貸し切り状態だったため、

マスク越しながら久々のおしゃべりも楽しめたと

うれしそうな様子をみせています。

2日が誕生日だったという根本さんと一緒にお祝いしたそうで、

姉弟並んでケーキを掲げつつ愛らしい笑顔をのぞかせています。

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最後に(動画有り)

2017年の日本テレビ「24時間テレビ 愛は地球を救う」では、

ピンク・レディーの人気曲のほとんどを手掛けた、

まさに生みの親ともいうべき存在である作詞家・阿久悠の生涯を描いた

ドラマが放映されました。

それにちなんで、阿久悠が作詞した楽曲のメドレーも披露されています。

 

メドレー曲のスタートは、ピンク・レディー最大のヒット曲「UFO」。

しかし、ステージに現れたのは増田惠子(ケイ)とMAXのみで、

未唯mieの姿はありませんでした。

そのため、未唯mieが「24時間テレビ」に出演しなかった理由について、

「病気なのでは?」とか、

「増田惠子と仲が悪いから?」などの憶測が飛び交うことに。

ライブやコンサートを精力的にこなしている未唯mieの様子を見ると、

病気というわけではなさそうです。

近年はライブ活動をメインにしているため、スケジュール調整がうまくつかず、

「24時間テレビ」の出演を断念したのではないかと思われます。

未唯mieは、2017年12月30日に放送された

「第59回輝く!日本レコード大賞」に出演しました。

1970年代に大ブームとなったピンク・レディーですが、

その生みの親である阿久悠が亡くなって10年。

最近になって未発表曲やトリュビュートアルバムなどが

公開されて再び脚光を浴びたことから、

阿久悠がレコード大賞特別賞を受賞したことにちなんでの出演でした。

その栄光を讃えるために企画されたスペシャルメドレーを披露したのは、

59歳になった未唯mieと、60歳になった増田惠子(ケイ)の2人による

ピンク・レディー!レコ大のステージに立つのは実に39年ぶりでしたが、

そのパフォーマンスは圧巻の一言でした。

未唯mieは、「阿久悠がいなければピンク・レディーは生まれなかった」と語っています。

もちろん、作曲家の徳倉俊一や振り付けの

土居甫もなくてはならない存在ですが、

デビュー曲の「ペッパー警部」ができたときは本当にうれしかったそうです。

その後も、「UFO」の「地球の男に飽きたところよ」のような

阿久悠の詞のセンスや発想にはいつも感動していたと言います。

この日の衣装は、レディー・ガガなどの衣装などを

手がけているデザイナー、ザルディ・ゴコによる特別なもの。

銀色に輝くミニドレスにブーツ姿という当時を思い出させるような

衣装をまとった彼女たちのステージを、

阿久悠は見ていてくれたでしょうか。

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