【二所ノ関親方】稀勢の里【荒磯部屋】結婚相手の嫁馴れ初めや中学高校大学大学院や引退理由の真相や横綱時代の質素生活に感動!?

相撲
スポンサーリンク

【二所ノ関親方】稀勢の里【荒磯部屋】結婚相手の嫁馴れ初めや中学高校大学大学院や引退理由の真相や横綱時代の質素生活に感動!?

稀勢の里は、横綱になっても質素な生活を送っていて

共感をもてますね!

昼過ぎ、タクシーが部屋に来て

稀勢の里は付き人ひとりと後部座席へ乗り

家に直行かと思ったのですが、

タクシーはとあるラーメン屋の前で

停まると付け人を促して店へ入って行って

ほどなくして、外に出て来たふたり。

「ああ、うまかったなあ!」という横綱の声が、

道路の反対側まで聞こえて来たようです。

横綱、結構ラーメン通のようで

横綱の行きつけの店があるといいます!

バス、トイレ、キッチンのほかに

9畳ほどの広さのリビングがあって、

全部で27平米ほど。

いわゆる1Kといわれる間取りで

家賃は8万円程度だといわれています。

給料だけで約280万円といわれる横綱にしては、

質素な自宅で、一般人には、共感が持てて

なんか嬉しいですよね!



稀勢の里【荒磯部屋】のプロフィールについて

名前  稀勢の里  本名  萩原 寛(はぎわら ゆたか)

生年月日  1986年7月3日(35歳)

出身地  茨城県牛久市

身長  188cm

血液型  B型

所属  荒磯部屋

 

稀勢の里の家族構成は、父親・母親・姉・稀勢の里で

4人家族です!

稀勢の里のご両親は、稀勢の里が横綱になったときに、

息子を心配し、横綱の地位に上がったら、

自分個人の範囲を超えて

日本のために頑張らなくてはいけない。

とおしゃっていたそうです!

稀勢の里関のお父さんの名前は、

萩原貞彦さん。

父・貞彦さんは、元アマチュアボクサーであり、

稀勢の里関にパンチの指導をしたこともあるそうです。

稀勢の里関のお母さんの名前は、

萩原裕美子さん。

めったに国技館に足を運ばないという

母・裕美子さんですが、初優勝を決めた翌日の千秋楽は、

息子の晴れ姿を生で観戦する予定だったそうです。

稀勢の里関にはお姉さんがいて、

名前は央恵(ひさえ)さん。

年齢は、稀勢の里関より1歳年上です。

「竜ケ崎みどり幼稚園」にお姉さんと一緒に

入園した稀勢の里少年は、とにかく昼寝が嫌いで、

外遊びに熱中し常に動き回っていたのだとか。

スポンサーリンク

稀勢の里【荒磯部屋】結婚相手の嫁馴れ初めは?

お相手は6歳下の一般女性で

3年前に知り合い、コロナ下で急接近し

今年ゴールインしていたそうです。

馴れ初めは、共通の知人の紹介で知り合って

最初は、お互いが特別意識することもなく

交際に発展しなかったそうです!

時間の経過とともに2人の絆は深まっていき、

昨年暮れに急接近。

今年に入って婚姻届を提出した。

プロポーズの言葉もなく、ごく自然の流れで

ゴールインしたといいます。

スポンサーリンク

稀勢の里【荒磯部屋】中学高校大学大学院は?

兵庫県芦屋市で生まれ、2歳の時に

茨城県龍ケ崎(りゅうがさき)市に引っ越してきたそうです!

龍ケ崎市立松葉小学校に入った稀勢の里少年は、

小学校4年生から野球をやっており、

中学1年からは投手を務めています。

相撲が好きで、よくテレビで観戦をしていたんだとか。

中学2年生時に茨城県牛久市へ引っ越しますが、

転校はせず、龍ケ崎市立長山中学校を卒業しました。

中学3年の時には常総学院などの

強豪校からの勧誘もありましたが、

自分はでかいだけ。野球は、うまくない

と断ったそうです。

「体の大きな中学生がいる」

という噂を聞きつけた鳴門親方が、再三実家に通い、

本人と両親を角界へ勧誘。

素材は大関、横綱級。必ず親方株を取得できるように育て、

自分の後継者にする

と口説き落とし、稀勢の里少年は、

中学卒業と同時に角界へ飛び込んだのでした。

一般的に大学院は大学を卒業して

いなければ入れませんが、

学校教育法の施行規則で、大学による

個別入学資格審査に通った人も、

大学院の受験資格があると定められています。

中卒であっても高卒であっても、

大学院に行けるということのようです。

早大によれば、経験や論文などの課題・

面接などを勘案して、大卒相当の学力かどうかを

決めるそうです。

修士課程1年制は実務経験者を対象としており、

「スポーツマネジメントに関する高い能力を持つ

指導者となり得る人材、またはスポーツコーチングに

関する高い能力を持つ指導者となり得る人材」を

学歴に関係なく受け入れているそうですよ。

稀勢の里は入学出願資格審査、面接を経て合格しました。

スポンサーリンク

稀勢の里【荒磯部屋】引退理由の真相は?

稀勢の里の必死の頑張りが逆に怪我の悪化と、

怪我の連鎖を起こしてしまい

2019年1月16日にとうとう引退をします。

稀勢の里は「怪我をする前の自分に戻ることはできなかった」と

言っています。

横綱昇進直後の2017年の大阪場所の

13日目の日馬富士戦で負った左上腕部、

左胸の大怪我の影響が大きいと思いますね!

稀勢の里は、怪我を押して最後まで

相撲を取り続けて感動的な逆転優勝を果たしたが、

次の夏場所も休場せず土俵に立ちながら、

故障を治療するという中途半端な

戦い方を選択してしまったのが

結局、10日目が終わって途中休場。

次の名古屋場所では左足首を負傷、

ついに9月場所は全休となった。

後を受けた田子ノ浦親方は、現役時代、

前頭8枚目止まりの力士だった。

まだ42歳と若く、稀勢の里の怪我を考慮して

復帰プランをしっかりと描くまでの

マネジメント能力が足りなかったのでしょう。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
相撲芸能・ゴシップ
スポンサーリンク
nasujun714をフォローする
世の中のニュースやトレンドに物申す⁈

コメント

タイトルとURLをコピーしました