酒井美紀(女優)松井秀喜の関係は?42歳でグラビア初挑戦!?

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酒井美紀(女優)松井秀喜の関係は?42歳でグラビア初挑戦!?
女優の酒井美紀(42)が、

8日発売の『週刊プレイボーイ』8号(集英社)で

人生はじめてのグラビアに挑戦した。

名作ドラマの初放送からはや25年、

42歳にして人生初のグラビアに挑戦。

「まもなく43歳にして初グラビア!わたし史上ギリギリ限界!(笑)

最初で最後です。お見逃しなく!」とコメントを寄せた。

静岡県出身の酒井は、1995年に映画『Love Letter』で女優デビューし、

日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。

翌年の連続ドラマ『白線流し』(フジテレビ)に主演し、注目を集めた。

同作は2005年までシリーズ化され、

青春ドラマの金字塔として多くの人に愛されている。

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酒井美紀(女優)のプロフィールについて

名前  酒井美紀

生年月日  1978年2月21日(42歳)

出身地  静岡県静岡市

身長  156cm

血液型  AB型

事務所  mua production

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酒井美紀さんの出身大学は亜細亜大学です。

1996年4月に亜細亜大学経営学部に進学しているのですが、

大学入試の際には一般方式ではなく、一芸入試で受験しています。

亜細亜大学経営学部は、経営学科とホスピタリティ・

マネジメント学科の2学科で構成されています

酒井美紀さんの出身小学校は静岡県静岡市内にある

公立小学校であることは間違いないのですが、具体的な学校名は不明です。

通っていた中学校が静岡市葵区足久保口組にある静岡市立美和中学校であるため、

恐らく静岡市立美和小学校ではないかと考えられます。

その付近には、静岡市立安倍口小学校や静岡市立足久保小学校もあるため、

もしかするとこの2校のいずれかであるかもしれません。

小学校時代の酒井美紀さんは運動神経が優れていて、

特に長距離が得意分野だったようです。

小学校3年生のときには、市内で開かれた大会で見事優勝を飾っています。

スポーツ以外にも音楽が好きで、将来の夢は歌手であると公言していました。

市内にある音楽スクールに通いながら、

歌や音楽のレッスンを受けて、歌手への道を歩み始めていました。

酒井美紀さんを知る人によると、誰に対しても明るく天真爛漫で、

とても活発な子供だったそうです。

酒井美紀さんの出身中学は、静岡県静岡市葵区足久保口組にある静岡市立美和中学校です。

酒井美紀さんが通っていた頃はアナログな教育が行われていたわけですが、

部活動は演劇部に所属していました。

公立中学校ではありますが、現在はICT実験校として、

富士通製Windows10が搭載されたタブレッドPCを50台ほど整備していて、

生徒にはタブレットPCと電子黒板(デジタル教科書)を用いた教育が行われています。

酒井美紀さんは中学校入学と同時に、地元のテレビにも出演していました。

1991年4月から、静岡第一テレビで放送されていたバラエティー番組

『JanJanサタデー』にマスコットガール兼アシスタントとして出演していたのです。

この頃から、静岡県内では酒井美紀さんの演者としての片鱗を

感じていたテレビ関係者や業界人がいたようです。

活動が身を結び、中学校3年生のときに芸能事務所である

ワタナベエンターテインメントにスカウトされ、

翌年にはビクターから歌手デビューを果たすことができました。

酒井美紀さんの出身高校は静岡県静岡市葵区水落町にある常葉大学附属高等学校です。

ちなみに酒井美紀さんが通っていた頃の校名は、

常葉学園高等学校でしたが、2017年に常葉大学附属高等学校と改名されました。

校時代の酒井美紀さんは運動系の部活には所属せずに、

英語部に所属していました。

自宅から片道8キロの道のりを毎日自転車で通学していました。

元々運動は苦手な方ではなかったのですが、高校1年生の頃(1993年4月21日)に、

ファーストシングル『永遠に好きと言えない』で歌手デビューしたことから、

学業と部活動を両立することを優先して、運動部ではなく英語部に入ることを決めました。

普段の学業成績は、英語部での活動と歌手(アイドル)活動に時間を充てていたため、

中の中といった状態でした。

高校3年生になると、これまで以上に芸能活動のペースを上げていきます。

1995年にフジテレビ系で放送された単発ドラマ『東京的聖誕祭』で

女優デビューを果たすと同時に、同じ年には映画『ひめゆりの塔』と

『Love Letter』で第19回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、

女優としての地位を確立し始めました。

あくまで学業優先であることに変わりはなかったため、

静岡と東京を行き来する生活を続けてきました。

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酒井美紀(女優)松井秀喜の関係は?

清楚な美しさで人気だった酒井美紀の有名な熱愛報道のお相手と言えば、

元プロ野球選手の松井秀喜です。

酒井美紀と松井秀喜は、2003年に、徳光和夫の紹介で知り合いました。

その後、酒井美紀は、英語を覚えるという理由でニューヨークへ行きます。

あくまでも語学留学のためとされましたが、

実は、ニューヨークが本拠地のニューヨーク・ヤンキースへ

移籍した松井秀喜と会っていました。

一緒に食事をしたり、共に野球観戦をしたりと、

仲良く接していた酒井美紀と松井秀喜。

日本に帰国した酒井美紀は、早速報道陣に囲まれ、

質問攻めにあいましたが、「仲良くさせていただいております」

「大事な人のひとりです」と交際を認めるような発言をしました。

野球観戦と食事くらいならば、親しい友人の域とも言えるでしょう。

写真週刊誌がキャッチする「お泊りデート」といった類の

決定的瞬間があるわけではありません。

そもそも相手の松井秀喜は、酒井美紀との仲に関して一切コメントしておらず、

その後はそれぞれ別の相手と結婚したので、

本当に交際していたかどうかは本人たちのみぞ知るです。

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酒井美紀(女優)旦那は?

酒井美紀は、2008年10月に、4歳年上の男性と結婚。

夫は、大学病院勤務の医師です。

国際協力NGOワールド・ビジョン・ジャパンの親善大使も務めている酒井美紀は、

ボランティア活動を通じて夫と出会ったと言います。

女優の酒井美紀と医師の夫は、

260人という大勢の人を集めて盛大な結婚披露宴を行いました。

夫の情報はあまり語られていませんが、

結婚後初のクリスマスは友人を呼んでのホームパーティーだったようなので、

社交的な人物なのかもしれません。

2010年3月18日には長男が誕生。

酒井美紀のブログによると、子供は「3580グラムの男の子」とのことです。

出産は大変だったようですが、

子供を「天使」と表現し、喜びでいっぱいの様子でした。

酒井美紀は、子供のことをブログで頻繁に紹介しています。

GWには子供と一緒にワイン祭りで憩いのひとときを満喫。

今では子供も大きくなり、ピアノ教室に通っているそう。

適当にピアノを弾いて、即興で作曲することもあると言い、

先生と共作で「よるからあさ」という曲を作ったと喜ぶ酒井美紀。

天才かとばかり子供が書いた楽譜をアップする親バカぶりも微笑ましいものです。

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最後に

酒井美紀の代表作は、何といってもドラマ「白線流し」です。

1996年1~3月までフジテレビで放送された連ドラですが、

続編がその後5回も放送されました。

視聴率が19%行くこともあったという実績からも、

人気ドラマだったことが分かります。

「白線流し」とは、卒業式の日に卒業生たちが行う行事です。

ドラマの舞台は長野県の松本ですが、白線流しの始まりは岐阜の高校で、

卒業生が、学帽の白線とセーラー服のスカーフを1本に結びつけ、

川に流すというもの。

ドラマでも、園子と渉と優介、そして、まどか(京野このみ)や

冬美(馬渕英里何)、慎二(中村竜)が白線流しを行います。

「白線流し」でW主演を務めたのは、

酒井美紀と長瀬智也。

ヒロインの七倉園子(酒井美紀)と大河内渉(長瀬智也)の悲恋を描いていますが、

園子と長谷部優介(柏原崇)の悲しき恋も重要な要素です。

連ドラでは高校生だった園子が、その後の続編で「19の春」「二十歳の風」

「旅立ちの詩」「二十五歳」「最終章・夢見る頃を過ぎても」と、

少女から大人へと成長していく過程は、泣けてくるほど感慨深いものがあります。

酒井美紀や長瀬智也はじめ、

ほかの主要登場人物も同じ俳優が演じているので、

成長の変化は見応え十分です。

スピッツが歌う主題歌「空も飛べるはず」を聴いて、

ドラマの世界観とどのように演じるかのイメージが

クリアになったと言う酒井美紀には、

女優としての感性の鋭さを感じるというものです。

 

 

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