篠原涼子(女優)市村正親馴れ初めや江口洋介フライデー熱愛の真相は?

ドラマ

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篠原涼子(女優)市村正親馴れ初めおちょやん登場!?
NHK連続テレビ小説「おちょやん」(月~土曜午前8時)で、

芝居茶屋のおかみ役の篠原涼子(47)が5日、

NHK大阪放送局を通じてコメントを寄せた。

篠原は杉咲花(23)演じるヒロイン竹井千代が奉公する

芝居茶屋「岡安」のおかみ「岡田シズ」を演じ、7日の放送から登場する。

篠原は朝ドラ初出演。「朝ドラは前から好きでずっと拝見していたので、

そこに自分が入っていくというのはすごくうれしいですし、

どういうふうに映るのか楽しみです」と出演を喜んだ。

シズは千代を厳しくも温かく見守り、千代にとって母親のような存在になっていく。

篠原は「基本的には厳しい女性で、千代が入ってきた当初は冷たくあしらいますが、

実は心は温かい。家族と一緒にいるシーンなどで、

温かいシズの一面が伝わればいいなと思います」と話した。

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篠原涼子江口洋介フライデー熱愛の真相は?

篠原涼子と江口洋介。

この既婚の2人のデートがキャッチされた。

その夜、1軒目に訪れたのは都内の有名焼肉店。

ふたりは次々に杯を重ねていたとか。

深夜12時を過ぎ、まだコートが手放せない肌寒さの中、

ふたりは近くの隠れ家レストランに場所を移した。

外の空気にも、酔いの冷める気配はない。

奥の個室の中に滑り込むと、

ソファの隣同士に腰を下ろした。完全な個室。

お酒のピッチは落ちるどころかあがっていき、

話にも熱が帯びる。

共演は約10年ぶりだった。

しだいに距離が縮まって体が触れ合う…

ふたりは、篠原涼子と江口洋介だった。

その篠原と江口が急接近したのはドラマ

『オトナ女子』(フジテレビ、2015年10月~12月)だった。

お互いの印象について、

雑誌の対談でこう語っています!

見た目だけではなく内面からカッコ良く

キレイで輝いている女性は素敵ですよ。

篠原さんなんて、その代表格ですね》と江口が言えば、

篠原は《同じことは40代の男性にも言えると思います。

肉眼で見ていてもそのあふれ出るカッコ良さは

分かりますから。江口さん演じる文夫は本当に

カッコイイです!!と応えていた。

ドラマでは紆余曲折があったふたりが、

最後は互いの気持ちを確かめ合い、

大人のキスをして終わる。

昨年末のドラマ打ち上げの席でも、

ワイングラスを片手に演技論を戦わせるなど意気投合。

その後も、スタッフを交えて

何度か食事を楽しむようになっていたそうです!

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篠原涼子別居続いていた!

昨年8月、本誌は篠原と夫・市村正親(72)との

別居生活を報じた。

市村と2人の息子が暮らす自宅マンションから

車で10分ほどの場所にある高級賃貸マンションで

生活する篠原の姿を目撃。

篠原の所属事務所は市村との別居を認めたうえで、

次のようにコメントしていた。

「不仲が原因ではなく、ドラマの撮影で大勢の人と接することもあり、

家族へ感染させないための一時的な処置です。

仕事のない緊急事態宣言中の2カ月間は自宅に戻っていましたし、

ドラマの撮影終了後の8月下旬には別居を解消し

自宅での生活に戻ると聞いています」

「実は篠原さんは今も別宅のマンションを

引き払っておらず、市村さんとの別居生活が続いているようなんです……」

篠原が市村との別居生活を開始したのは昨年3月初頭。

つまり、1年以上にわたって別居を継続していることになるのだが、

「篠原が今も別宅で生活していることは事実です。

理由としては、市村さんをはじめ家族への感染を防ぐためであること。

またコロナ禍により、朝ドラの撮影が今年4月まで延び、

その後も『金魚妻』など出演作品の撮影が

今日現在まで連続して行われているためです。

決して不仲が原因ではありません。

仕事が落ち着き次第、別居を解消し、

自宅での生活に戻る予定です」

コロナ禍で仕事と育児に大変なんですね!

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篠原涼子(女優)のプロフィールについて

名前  篠原涼子

生年月日  1973年8月13日(47歳)

出身地  群馬県桐生市

身長  162cm

血液型  B型

事務所  ジャパン・ミュージックエンターテインメント

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3人兄弟の末っ子として生まれた篠原涼子さん。

篠原涼子さんが2歳の時に交通事故でお母さんを亡くしています。

あまりお母さんとの記憶はないようです。

3人の子供たちを男手ひとつで育ててくれたお父さん。

お父さんは中森明菜に憧れアイドルを目指していた娘に全面協力していたようです。

洋服のチェックや履歴書の作成など父と二人三脚でサポートしてくれたそうです。

大ヒットした『愛しさとせつなさと心強さと』がパチンコ店で流れると、

店中のお客さんにジュースをご馳走したという武勇伝もあります

そんな最愛の父も篠原涼子さんの結婚披露パーティーを

見届けるようにして、式の3日後に亡くなっています。

地元桐生市の観光大使を務めています。



篠原さんのおてんばは地元で有名で、小学時代は男の子を手下にして遊んでいたそうです!

小学時代は漫画部に所属しており静かに絵をかくという一面もあったようです。

中学校も地元の桐生市立広沢中学校へ進学した篠原涼子さん。

ダンス部へ入部し創作ダンスなどを披露していました。

篠原さんは、ちょっとヤンチャな女の子でした。

ヤンチャになった理由として、小学6年生の時に父が再婚したこと。

その反動や寂しさで非行に走ってしまったようです。

不良グループとつるんでコンビニ前でたむろしていたそうです。

歌手志望だった篠原涼子さんは、高校に入学してからは

オーディションに明け暮れる日々を過ごします。

オーディションで披露する歌は、中森明菜さんの『スローモーション』。

高校に進学した年に芸能事務所に無事合格し、芸能界への一歩をお踏み出します。

芸能事務所に合格した篠原さんは高校1年生の夏に学校を中退しました。

元々はアイドル歌手志望だった篠原涼子さん。

デビュー当時に『ダウンタウンのごっつええ感じ』で

コントを披露し、徐々に知名度を上げていきます。

1994年『恋しさと せつなさと 心強さと』の大ヒットにより、

不動の地位を確立しました。

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篠原涼子(女優)市村正親馴れ初め

篠原涼子さんと市村正親さんの出会いは、2001年

2001年9月14日から28日で上演された蜷川幸雄さんの舞台

『ハムレット』で共演したことがお二人の出会いとなりました。

市村正親さんがハムレット役を、篠原涼子さんは

ハムレットの恋人のオフィーリア役を演じました。

篠原涼子さんはこれが本格的な舞台への初挑戦でした。

篠原涼子さんは女優として活動していたものの、主要な役どころを任されることはなく、

ゲスト出演や準レギュラー的な役回りばかり。

この時、慣れない舞台で戸惑う篠原涼子さんを支えたのが、市村正親さんでした。

劇団四季の看板俳優だった市村さんが篠原さんをリードし、舞台を完成させたのです。

結果として篠原涼子さんはこの舞台が転機となり、

ドラマで主演に起用されることも増えて女優として大きくステップアップをしていきました。

共演から間も無くして、お二人は交際を始めたと言われています。

役者さんの仕事の中でも「舞台」はドラマや映画に比べて

男女の仲が接近しやすいと言われてます。

通常、演劇公演は1カ月半から2カ月の期間の中で、顔合わせ、

本読み、立ち稽古、舞台稽古を経て本番を迎えます。

作品を作り上げるために厳しい稽古から本番までの時間を共有し、

稽古中は食事を一緒にとったりする中で

共演者同士の中は急速に深まっていくと言います。

篠原涼子さんは初めての本格舞台挑戦だったため、

市村正親さんが頼れる存在として魅力的に映ったことでしょう。

篠原涼子さんと市村正親さんが交際を始めたとき、

市村正親さんには奥様がいらっしゃいました。

1984年に劇団四季の女優・八重沢真美さんと結婚されていた市村正親さん。

出会いは1984年に「アンデルセン物語」で共演されたことがきっかけでした。

ですが夫婦仲には徐々に亀裂が入っていたようです。

2002年10月に別居報道が出て、夫婦関係は破綻していると伝えられました。

市村さんは「妻が十数年ぶりに劇団四季の舞台に復帰するために仕事を

優先するため」としていましたが、それから程なくして二人は別れを迎えたのです…

離婚と同時期に八重沢真美さんは劇団四季に再入団しています。

2003年5月に離婚が成立したことを発表し、19年の夫婦生活にピリオドを打ちました。

篠原涼子さんの父親は市村さんとの結婚には反対をしていたそうです。

「自分と同世代の男と結婚するなんて…!」とふた回り以上離れた年の差婚に猛反対。

市村正親さんは篠原さんの父親の元に何度も足を運んで頭を下げ続けました。

結果的に、2つの条件を出した上で結婚は了承されました。

その条件は、

  1. 孫の顔を早く見せる
  2. 娘(篠原涼子)と生涯を共にする

というものでした。

篠原涼子さんの父親は、実はこの時点で病気を患い体調が悪くなっていたそう。

自分でも先が長く無いことを悟っていたのでしょう。

そのため「最後に孫の顔が見たい」という願いを抱き、

それを条件に結婚を許したということですね。

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篠原涼子(女優)子供の学校

篠原涼子と市村正親の間には、2008年5月に第一子となる長男が、

2012年2月には第二子となる次男が誕生しています。

篠原涼子さんと市村正親さんのご夫婦は、子供のお受験にも熱心だったようです

長男が現在通っている小学校は、青山学院初等部です。

年齢からすると、2015年4月に入学したということですね。

篠原涼子さんの長男は、当初は青山学院幼稚園を目指していました。

2012年4月の入園を目指して幼稚園受験にチャレンジされました。

青山学院幼稚園は定員が男女各20名という狭い門ということもあり、

残念ながら不合格となってしまいました。

2014年に青山学院初等部をリベンジ受験し、見事合格をされました。

受験の時期に市村正親さんが胃がんで入院するというアクシデントもありましたが、

家族一丸となって闘病と受験を乗り越えました。

青山学院は大学までエスカレーター式なので、

このまま内部進学をされていくと見られています。



篠原涼子さんの次男が現在通っている小学校は、青山学院初等部です。

幼稚園については、青山学院幼稚園に通っていました。

二度目の受験ということもあり、万全の体制で臨めたようです。

長男は幼稚園受験に失敗してしまいましたが、

次男は見事に合格をすることができたようです。

年齢からすると、2015年4月に幼稚園に入学し、

2018年に小学校へ入学したと見られています。

小学校入学式の日、市村正親さんに将来の夢を聞かれた

次男の回答は「歌舞伎役者」だったんだとか。

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最後に

篠原涼子は翌1990年4月、女優の道から外れて東京パフォーマンスドールのメンバーに加わり、

アイドルとしてデビューすることに。グループの中心として活躍した

篠原涼子はデビュー翌月にグループ内で結成した派生ユニット・

ゴルビーズ名義でシングル・JUST LIKE MAGICをリリース。

同曲でCDデビューしています。

パードル、TPDとも呼ばれた東京パフォーマンスドールは多人数でメンバーを構成し、

ダンスパフォーマンスをしながら歌うアイドルグループの先駆けとなりました。

篠原涼子が1994年9月まで在籍したこのグループには、

仲間由紀恵も1996年に短期間ながらメンバーとして名を連ねています。

 

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