田原総一朗(ジャーナリスト)結婚相手の嫁馴れ初めや朝まで生司会評判は!?

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田原総一朗(ジャーナリスト)結婚相手の嫁馴れ初めや朝まで生司会評判は!?

率直に言って、田原総一郎の司会は

評判が悪いです。

人の話をさえぎって自分の昔話を始めたり、

話題をズレさせたりと、

あまりいい司会者とは

思えませんでした。

田原総一郎は朝まで生テレビに

絶対必要だと思うのです。

気づいたのですが、田原総一郎はすごく

どストレートな質問をよくするのです。

頭の良い人が集まると、意外とどストレートな

質問って出ないんですよ。

どストレートな質問はバカに見えるからです。

頭の良い人の場合は、たいていプライドが

高いので、どストレートな質問って

意外としないものです。

田原総一郎は、ガンガンそういう質問をします。

すると、意外なことにその質問を

きっかけに議論が白熱したりするんですよ。

誰もしようとしない、どストレートで

バカっぽく見えちゃうような質問も

ガンガンしていく田原総一郎スタイルは

議論に貢献していますね!



田原総一朗(ジャーナリスト)のプロフィールについて

名前  田原総一朗

生年月日  1934年4月15日(87歳)

出身地  滋賀県彦根市

身長  166cm

血液型  B型

事務所  ブルーミングエージェンシーと業務協力

 

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実家は絹糸の仲買業をしていて、

比較的裕福な家で育った田原総一朗さん。

戦時中に育った田原総一朗さんは、

子供の頃は海兵に憧れる軍国少年で

特攻隊員になるのが夢だったとか。

1953年、滋賀県立彦根東高等学校を卒業

高校卒業後は、

早稲田大学第二文学部日本文学科(夜学)に入学。

日本交通公社(現JTB)で

働きながら大学に通っていました。

当時は、作家を目指していましたが、

文学賞に何度か応募したが入選せず、

後に同世代の石原慎太郎・大江健三郎の作品を読み、

レベルの違いを感じ作家を断念。

小学5年生の時に終戦。

敗戦後はそれまでに教わってきた

軍国主義などの価値観が

180度変わったことで、

田原総一朗さんは、

「世の中に絶対はない」

「偉い人の言うことは信用できない」

と思い、常識を疑う原点になったというのです!

ジャーナリスト志望だった田原総一朗さんは、

大手テレビ局や新聞社など手当たりしだいに

受けますが全く受からず、やっと合格した

映画制作会社「岩波映画製作所」に入社し、

カメラマン助手をつとめました。

1964年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)に

開局とともに転職。

入社後はディレクターとして

ドキュメンタリーなどの番組を制作。

当時開局したばかりの「東京12チャンネル」は、

マイナーな存在であったことを

田原総一朗さんは利用し、「過激な題材」を元に、

「やらせ的な演出をして、その結果としておきる、

スタッフ、出演者、関係者に生じる葛藤までを、

全て撮影する」手法で話題を呼びました。

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田原総一朗(ジャーナリスト)結婚相手の嫁田原節子馴れ初めは?

現在、87歳の田原総一朗氏。

妻であった田原節子とは

すでに死別しています。

田原節子は、元日本テレビのアナウンサー。

また、CMプロデューサーとしても有名です。

ある程度の年齢以上の方なら、

覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか

のフレーズは絶対知っていると思います。

田原節子は結婚、出産を経て、

が劣化したことを理由にCMプロデュースへと

配置換えを命じられたらしいんですね。

それを不服に思って裁判を起こして、見事勝訴!

こういうエピソードを聞くと

故・田原節子さんの性格が

わかりますね!

田原節子の結婚、出産の相手というのは、

実は田原総一朗ではありません。

別の男性です

田原総一朗と不倫をしてしまうんですね。

当時、田原総一朗は既婚。

ダブル不倫ということです!

田原総一朗の妻がガンでなくなったあとに

正式に結婚をしました。

おそらく興味関心や信条も近く、

良き議論の相手でもあったのがこの二人。

2004年8月にガンによる多臓器不全でおなくなりに。

二人の生活については、田原総一朗と田原節子の

著作である『私たちの愛』に赤裸々に書かれています。

田原総一朗は田原節子がガンとわかったときや

田原節子がなくなったときに自殺を考えるくらい、

彼女のことを愛していたみたいですね!

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田原総一朗(ジャーナリスト)朝まで生とは?

「朝生」はどのように始まったのでしょうか?

テレビの深夜番組ってもともとは

ほとんどが再放送だったんだとか。

フジテレビが「オールナイトフジ」という番組で

若い女性を水着で出してウケて。

この話が来たのが1986年ですね。

僕はその頃、まもなく冷戦が終わって

世の中が大きく変わると感じていた。

だから新しい時代に挑戦するような番組を

作りたいと思った。

そこで考えたのが討論番組だった。

一本勝負、5時間1テーマでやろうと。

しかも命をかけてやる。

政治家どうしでやって負けたら

政治家生命がなくなる。

あるいはジャーナリストでも

ジャーナリスト生命がなくなる。

そういう番組を作ったらどうかと考えて

1987年からやることになった。

今年で33年目。スタッフと真剣勝負を続けた

結果、長寿番組になったということです。

そこでテレビ朝日も深夜番組をやりたいから

脚本を考えてくれと言われたとか。

深夜の生放送の番組には2つ条件があって

1つ目は制作費が安いから有名タレントを出さない。

2つ目は短い時間で終わると出演者を

ハイヤーで送らなきゃいけないから、

理想としては最終電車で来てもらって

始発の時間まで長時間にわたって

やるみたいなことがあった。

しかも深夜だから視聴者に見てもらうためには

相当刺激が強い番組じゃないと

いけないというようなことがありましたね。

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最後に

田原は初めての結婚をする。

相手は3歳歳上の、なんと従姉妹。

当時下宿していた伯母の家で

同居するうちに惹かれ合い、

周囲の反対を押し切って結婚した。

伯母にしたら、僕は自分の弟の息子でしょう?

弟の息子を下宿させて、面倒みていた。

それで僕が自分とこの娘と結婚したら、

『結局、娘を押し付ける魂胆だったのか』と

親戚中に言われるんじゃないかと思って、

それが嫌だったんでしょう。

べつに従姉同士だからって

反対したわけではないですよ」

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