竹中直人(俳優)結婚相手の嫁木之内みどり馴れ初めや「五輪開会式」出演を辞退!?

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竹中直人(俳優)結婚相手の嫁木之内みどり馴れ初めや「五輪開会式」出演を辞退!?

俳優の竹中直人(65)が、

本番前日の7月22日に、過去に障がい者や

女性を揶揄するようなコントを

演じていたことを理由に、

自ら申し出て出演を辞退していたことが、

「週刊文春」の取材でわかりました!

竹中が出演予定だったのは、

開会式序盤の木遣り歌とダンスのパフォーマンス。

女優・真矢ミキとともに、

大工の棟梁役を演じることに

なっていたといいます。

7月26日、竹中のマネージャーは

取材にこう答えた。

『放送禁止テレビ』が原因で

辞任したのは事実です。

小山田さんの問題が浮上した時、

竹中本人から『三十六年前にこういう作品に

出演している』と連絡があり、

辞退したいと申し出てきた。

ただ、この作品では竹中は演者。

企画者でもプロデューサーでもないので、

私は『予定通りお願いします』と。

しかし小林さんが解任された際、

コントでの言動が問題になった。

これでは竹中も許されないと考えて、

竹中から組織委に申し入れ、承認されました」

こちらの対応は、素早く素晴らしいですね!

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竹中直人(俳優)のプロフィールについて

名前  竹中直人

生年月日  1956年3月20日(65歳)

出身地  神奈川県横浜市金沢区

身長  168cm

血液型  A型

事務所  レディバード

 

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横浜出身の父・博美さんは、

横浜市にある区役所の職員。

長崎出身の母親・芳美さんは、

結婚前も結婚後もデパートの呉服売り場で

働いていたそうです。

家族構成は両親と竹中さんとの3人家族。

一人っ子のイメージがないですね!

母親の芳美さんは、貿易業を営む長崎の裕福な

家庭で生まれ育ったものの、

第一次世界大戦の戦後恐慌によって

暮らしが豹変したとか。

その後一家で横浜にやってきたそうですが、

立て続けに兄弟を病気で亡くし、

竹中さんの祖父である父も、

1942年の横浜港ドイツ軍艦爆発事件に

巻き込まれ、命を落としています。

竹中さんが誕生後も母は仕事を続け、

週末は親子3人で一緒に過ごすと

いうこだわりがあったようです。

竹中さんの母・芳美さんは、

直人さんが生まれた時、

「子どもに悲しい思いはさせたくない。

絶対に長生きして子供を育て上げる」と

誓ったそうです。

幼い頃は内気な少年だったという

竹中直人さん。

地元の横浜市立富岡小学校に入学します。

両親は映画がとても好きで、

まだ少年だった竹中さんを連れて、

伊勢佐木町にある映画館へ

よく連れだしていたそうです。

観る映画を選ばなかった両親は、

ジェームズボンドなどの映画も竹中さんを

連れ立って観に行き、エッチなシーンがあると

母親が竹中さんの前で

手を重ねて見せないようにしていたとか。

「他人になりきり、笑いを取る」ということで、

自然と友達の輪の中に入ることが

できたという竹中直人さん。

母は、内気だった竹中さんに社交性を

持たすために、学校の先生の物まねを

特訓していたそうです。

だんだんと社交性を身につけてきた

竹中さんは、関東学院六浦中学校に入学します。

中学では美術部に所属をしていた竹中さん。

竹中さんは絵を書くことと、

映画に夢中になっていきます。

竹中さんが中学3年生の3学期の頃です。

母が布団の上げ下ろしが苦しいと言い出し、

健康診断を受けます。

検査により、重度の結核が判明します。

母はそのまま隔離病棟へ入院することになります。

母の急な病により、父と二人だけの

生活となった竹中直人さん。

中学卒業後は、内部進学にて

関東学院六浦高等学校へ進学します。

高校でも美術部に所属をしていた竹中さん。

病気で療養中だった母は、

入院してから2年8か月後に一時、

自宅に戻ってきます。

体調は思わしくなく、

起き上がることすらままならなかったといいます。

母の体調の良い時は、お気に入りのレコードを

かけて一緒に過ごしていたという竹中直人さん。

竹中さんの卒業を見届けるかのように、

母は54歳にて息を引き取ります。

自分の死ぬことを悟っての自宅での生活、

そして死ぬ直前に言われた言葉。

「自分のやりたいことをどんどんやりなさい」

最愛の母の言葉を胸に噛みしめ、

竹中さんは2年間の浪人を経て、

多摩美術大学美術部グラフィックデザイン科に

進学します。

大学時代は、映像演出研究会に所属し、

大好きな映画の制作に没頭し、

自主制作映画も作っていたという竹中直人さん。

ブルース・リーの物まねを得意とし、

自らが出演、監督をする映画を

作っていたといいます。

大学3年生の時、テレビ番組の素人コメディアン道場にて

チャンピオンに輝き、

芸能界デビューを果たします。

同時期、劇団青年座にも入団します。

当初は物まねを中心にコメディアンとして

活躍していましたが、その後は俳優として

活躍の場を広げました。

映画「Shall We ダンス?」の名演技にて

大ブレイクとなります。

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竹中直人(俳優)結婚相手の嫁木之内みどり馴れ初め

竹中直人さんは1990年4月頃に

元アイドルの木之内みどりさんと

結婚しています。

馴れ初めは、劇団青年座『写楽考』の海外公演で

スペインに約1か月間滞在している時に

劇団の仲間でレストランで食事をしていたところに、

別の友人と食事をしていた

木之内みどりさんがいて初めて出会いました。

その時に竹中直人さんが一目惚れしたようです。

スペイン滞在中に友達を交えて食事に行く間に

仲が深まり交際へと発展しました。

結婚当時、竹中直人さんが34歳、

木之内みどりさんが33歳でした。

木之内みどりさんが1957年生まれなので、

竹中直人さんよりも1歳年下ということになります。

交際当初から結婚を意識していた

竹中直人さんは、木之内みどりさんの仕事先である

ニューヨークまで追いかけていき

プロポーズしたようです。

2人は1989年に出会い交際期間は

1年ほどで結婚していますが、

人気俳優と元アイドルとの恋愛は

マスコミにもバレなかったようです。

木之内みどりさんが21歳で芸能界を

引退していたこともバレなかった

要因かもしれません。

木之内みどりさんですが実はバツイチで

竹中直人さんとは再婚でした。

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竹中直人(俳優)子供は?

竹中直人と嫁・木之内みどりの間に子供は2人。

長女の果夏(かな)さんと、

長男の星夏(せいな)さんです。

長女はすでに社会人となっており、噂によると、

大手広告代理店の電通に在職しているのだとか。

芸能界に関係する企業なのでコネ入社では?との

噂がありましたが詳細は不明でした。

一部ネット情報では電通か博報堂にも

入社したとの情報がありました。

果南さんは25歳の時に一般男性と

結婚してお子さんもいるようです。

実家近くに住んでいるようなので

竹中直人さんは孫の顔をよく見に行くようです。

長男は6つ下で学校は幼稚園から

和光学園に通っており、大学まで卒業しています。

現在は都内のアパレルメーカーで

営業として働いているようです。

竹中直人は、家族を大切にしていて、

とても愛しているようです。

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最後に

竹中直人といえば秀吉!

秀吉といえば竹中直人!と言われるほど、

豊臣秀吉を演じたら日本一と言われる竹中直人。

日本で一番、秀吉役を演じている俳優ではないでしょうか。

竹中直人はこれまで、NHK大河ドラマで2回、

CMで1回、日テレ系のドラマで1回と計4回も

秀吉を演じています。

その劇中での「心配ご無用!」は、

名セリフとなりました。

猿と呼ばれた男、豊臣秀吉のイメージに

ピッタリ当てはまる役者は、

竹中直人をおいて他にいないと絶賛されています。

最初に演じてから10数年経っても、

同じ秀吉役を演じられる竹中直人。

演じるたびに、世間での評判は高まっています。

竹中直人が役を演じると、

少し大げさに感じて違和感を覚えることもありますが、

誰からもクレームが起こりません。

たしかに普段いたらおかしいキャラクターでも、

竹中直人が演じると、なぜか、

そのおかしなキャラクターがすんなり入ってくるのです。

どのような役でも、自分色にこなしてしまう

竹中直人の才能は飛び出ていのでしょう。

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