内海桂子(お笑い芸人)弟子ナイツ師匠に感謝!!

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内海桂子弟子ナイツ師匠に感謝!!

女流漫才の草分け的存在であると同時に、

同じ事務所のウッチャンナンチャンやナイツなど後進の育成にも尽力した内海さん。

ナイツとは一緒にメディア出演することも多く、

小気味よいやり取りで場を沸かせる姿はすっかりおなじみだった。

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内海桂子(漫才師)のプロフィールについて

名前  内海桂子  本名  安藤 良子 (あんどう よしこ)

生年月日  1992年9月12日(97歳)

出身地  東京都台東区浅草

血液型  A型

事務所  マセキ芸能社

東京都出身の内海さんは1938年、16歳の時に浅草橋館にて漫才初出演。

戦後、1950年に内海好江さんと「内海桂子・好江」を結成。

三味線や小唄を織り交ぜたスタイルで人気を博し、

日本の演芸界に大きな足跡を残した。82年に芸術選奨文部大臣賞受賞、

89年に紫綬褒章受章、95年に勲四等宝冠賞受賞。

2005年には漫才協団が社団法人漫才協会となり、同協会会長に就任した。

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内海桂子(漫才師)弟子ナイツについて

塙宣之(42)は「『言葉で絵を描きなさい』師匠から何度も教えて頂いた指導です。

誰より漫才を愛した師匠でした。

意志を継いでいくので安心してゆっくりと休んでください。

本当にありがとうございました」と感謝の言葉。

相方の土屋伸之(41)は「とにかく舞台が好きで、お客様への愛情に満ちた師匠でした。

最後まで芸人として力強く生ききったその姿を間近で学ばせて頂くことができて、

僕らはきっと日本一幸せな漫才師です。

本当にありがとうございました」と師匠との絆を振り返った。

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内海桂子(漫才師)旦那さんは、誰?

東京・町屋斎場で営まれ、24歳年下の夫でマネジャーの

成田常也さん(73)らに見送られ旅立った。

出棺の時、長く親しまれた愛称の掛け声が斎場に響き、

「お桂ちゃん!出番だよ!」

参列した約20人の近親者は涙を拭った。16歳で初舞台を踏み、芸歴81年。

日本の演芸界を代表する芸人にふさわしく、棺には漫才で初めて芸術選奨文部大臣賞を受賞し、

1983年2月のホームパーティーで着た黒地の着物が入れられた。

「師匠らしく、キリッとした顔。ほれ直しました」。

夫の成田さんは目を赤くしながら手を合わせた。

師匠の容体が急変したのは22日夜。

別の病院に入院していた成田さんの元へ連絡が入ったが、

最期には間に合わなかった。だが、この日は

“最愛の相方”の旅立ちの見送りが奇跡的に実現した。

師匠は、昨夏に軽い脳出血を発症。

体に気を使いながら今年1月中旬まで舞台に上がっていたが、

1月末から心臓の機能不全で入院。

2月には誤嚥(ごえん)性肺炎も発症し、点滴治療を受けた。

一時期はおかゆを食べるまでに回復したが、

新型コロナウイルス感染拡大予防のため、

3月末に病院が見舞い禁止となり、親族は心配を募らせていました。

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最後に

内海桂子(漫才師)さんは、ナイツやウッチャンナンチャンなどの弟子を

りっぱに育てて感謝してもしきれない功績を残されたので

ゆっくり休んで頂いて弟子を見守ってほしいです!

本当に長い人生ありがとうございました!

 

 

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