山田隆夫(タレント)結婚相手の嫁馴れ初めと「ずうとるび」歌手始動!

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山田隆夫(タレント)結婚相手の嫁馴れ初めと「ずうとるび」歌手始動!

「笑点」の座布団運び山田たかおさん(64)が

初代リーダーを務めたアイドルグループ

「ずうとるび」が41年ぶりとなる新曲をひっさげ、

記念のコンサートを開催しました。

東京・中央区築地で15日と16日に開催された

「昭和歌謡presents ずうとるび SAIKAI 2021」。

ずうとるびはビートルズの人気を“ひっくり返せ”という

意味を込めて命名され、1974年にデビュー。

「みかん色の恋」などのヒット曲で知られ、

翌年には紅白歌合戦に初出場。その後解散しましたが、

2度目の紅白出場を目指すため去年再結成され、

今回41年ぶりとなる新曲「SAIKAI~ああ麗しのみかん色~」を

発表しました。

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山田隆夫(タレント)のプロフィールについて

名前  山田隆夫

生年月日  1956年8月23日(64歳)

出身地  東京都江東区深川

身長  155cm

血液型  A型

事務所  山高帽

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山田隆夫は6人兄弟の末っ子として生まれました

山田隆夫は子供の頃、実家が詐欺にあって、

全財産を失ってしまいました。

両親が暗い顔をしているので、

落語で両親を笑わせたいという思いから

落語に興味を持ち始めます。

10歳の時に、フジテレビの『ちびっこのどじまん』で

優勝しデビューを果たしました。

この時の賞品はステレオと

インスタントラーメン1カ月分だったそうです。

1970年には『笑点』の「ちびっ子大喜利」に

レギュラー出演しています。

「ちびっ子大喜利」で座布団を

10枚獲得した記念にレコードデビューの

賞品をいただきました。

そして、1973年にアイドルグループ

「ずうとるび」を結成し、

歌手としてデビューしています。

山田隆夫は「ずうとるび」時代に

歌手として大人気でした。

「恋の夜行列車」や「透明人間」などの

楽曲の作詞作曲も手掛けています。

山田隆夫は「ずうとるび」を1977年に脱退しました。

結婚のための脱退というのは建前で、

実際には音楽性の違いから

他のメンバーと険悪な状態になったと

言われています。

ずうとるびは「ビートルズ」を

逆さにして名付けられたグループで、

大変人気があり、郷ひろみや西城秀樹よりも

ブロマイドの売り上げがあったほどです。

あの2人をも越す人気だったとは、

驚きですね!!

第26回NHK紅白歌合戦にも出場し注目されています。

その後、日本大学豊山高等学校を卒業しました。

山田隆夫は「ずうとるび」で

初代リーダーとして活躍し、

ボーカルとサイドギターを担当していました。

仕事が激減し、所有していたマンションが

主な収入源となっていた時期もあります。

NHKの『おかあさんといっしょ』に出演し、

1980年度の1年間、『どんどんどん』の

お兄さんを務めました。

山田隆夫はずうとるびを脱退してから、

仕事が激減しとても苦労している時に、

笑点から声がかかり、

山田隆夫はすぐにこの仕事を受けました。

松崎真の後任として就任し、現在も活躍中です。

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山田隆夫(タレント)結婚相手の嫁馴れ初め

山田隆夫さんと妻・山田恵子さんの

馴れ初めについて残念ながら、

2人の馴れ初めについては

情報が見つかりませんでした。

結婚した時期に関してもよく分かっていませんので、

山田隆夫さんが妻との馴れ初めを始めとする

エピソードについて、まったく語っていない

可能性があるでしょう。

山田隆夫さんは、現在の妻である

山田恵子さんとは再婚なのだそうです

山田隆夫さんの現在の妻である

山田恵子さんは、芸能人ではなく一般人とのこと。

山田隆夫さんは芸能人で妻の山田恵子さんは一般人ですので、

2人の馴れ初めとして考えられるのは、

共通の知人による紹介などがありそうです。

芸能人同士でも、共通の知人の紹介が馴れ初めの

カップルは多いと言われています。

そのため、現在の妻・山田恵子さんに

関する情報が少なくなっているのだと考えられます。

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山田隆夫(タレント)年収がスゴかった!

1984年から「座布団運び」を始めます。

芸能生活の大半を「笑点」とともに

歩んできた山田隆夫ですが、

2012年の著書「ボクに運が巡ってくる55の理由」

発売時のイベントにて「笑点」で

座布団運びを28年間続けて、

3億円を稼いだと語っていました。

山田隆夫には不動産投資においての

「先見の明」があることが、

関係者の間で話題になっているようです。

最初に土地を買ったのは、まだ17歳の時。

アイドル歌手で売り出した、

ずうとるび時代にコツコツを貯めたお金で投資したとか。

実家はもともとは裕福でしたが、

小さい頃に両親が詐欺に合って大切な土地を奪われており、

この経験から山田隆夫は「土地を買って、

地繋がりで土地を増やしてお金を取り戻そう」と

決心して不動産投資を始めたそうです。

買った土地の近くに電車が通るようになったり、

商業施設が建って土地が高騰したりと、

山田隆夫の不動産投資は次々と大当たり。

山田隆夫の笑点のギャラは

1回10万円前後ではないかというのが

日テレ関係者の見立てですが、今や都内の一等地に

持つマンション収入だけで「笑点」の

座布団収入の10倍は稼ぐと評判になっています。

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最後に

山田隆夫は多才で、そして抜群の愛されキャラです。

元アイドル歌手であるほか落語家、作詞家、

作曲家、プロボクサーなどさまざまな経歴を持っています。

1987年には俳優として

スティーブン・スピルバーグ監督の映画

「太陽の帝国」に出演していました。

故三遊亭圓楽は「笑点」で山田隆夫を

「山田くん、山田くん」と可愛がっていましたが、

弟子たちには厳しくするのがポリシーだったようです。

弟子たちを叱る時「おい、山田くんはな、

今度あのスピルバーグの映画に出るんだよ」と

言いながら机を叩き「お前たちはなんで出られないんだ!」と

言っていたそう。無茶な話ではありますが、

故三遊亭圓楽が山田隆夫を誇りに思っていたことが

伝わってくるのではないでしょうか。

一時期、制作側の事情でほかの人が1カ月ほど

座布団運びをしたときは、

故三遊亭圓楽が「山田くんじゃないとダメだ!」と

雷を落とし、桂歌丸に至っては、

「山田くんを戻さないなら、もう『笑点』は

他局でやることにする」とすら言ったそう。

山田隆夫が病床の桂歌丸の見舞いに行った時には、

意識がないとされていたはずの

桂歌丸が目を開けて「山田くん、ありがとう」と

2度繰り返したといいます。

視聴者にとっても、噺家の師匠たちにとっても

「山田くん」は「笑点」にはなくてはならない

重要な存在なのでしょう。

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