さだまさし息子つけめん13年ぶり紅白出演決定!!

シンガーソングライター

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さだまさし息子つけめん13年ぶり紅白出演決定!!

シンガー・ソングライターさだまさしが、

大みそか恒例『第71回NHK紅白歌合戦』に2007年以来13年ぶりに

出演することが決定した。

特別企画で出演し、「奇跡2021」を歌唱する。この歌はもともと、

1991年に発表された自身のアルバム『家族の肖像』

収録曲「奇跡~大きな愛のように~」を今年セルフカバーしたもの。

今にも通じるメッセージが込められた歌を、久しぶりの紅白で披露する。

コンサートを4450回以上開催してきたさだも、

コロナ禍で2月から約半年、コンサート活動の休止を余儀なくされた。

しかし、3月にはNHK総合『泉谷・さだの“ふんばれ!ニッポン“』、

8月には『ライブ・エール』に出演したり、

5年前に自身が設立した公益財団法人 風に立つライオン基金を通じて

医療従事者の派遣や支援を行ったりと、

物心両面から日本を元気づけるさまざまな活動を行ってきた。

紅白出演後、 年が明けた1月1日午前0時20分からは

『2021新春生放送!年の初めはさだまさし』(総合テレビ)を放送予定。

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さだまさし(シンガーソングライター)のプロフィールについて

名前  さだまさし  本名  佐田 雅志

生年月日  1952年4月10日(68歳)

出身地  長崎県長崎市

身長  165cm

血液型  A型

事務所  さだ企画

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佐田家の長男として生まれます。

3歳のころからヴァイオリンを学び始め、小学校高学年のころには、

コンクールに出場するために毎日8時間も練習していたそうです。

小学校卒業後、「自分には才能がある。必ずプロのバイオリニストになれる」と信じ、

単身上京。葛飾区内の中学校に入学します。

歌手で俳優の加山雄三さんに憧れたことがきっかけで、

ギターも始めていたそうです。

目標はプロのバイオリニストだった、さだまさしさんですが、

目指していた音楽大学附属高校の受験に失敗。初めての挫折を味わいます。

さだまさしさんは失意のまま、別の高校に入学。

「何に情熱をかたむければいいのか。自分に何ができるのか」と、

悩みながら青春時代を過ごしたそう。

その悩みは大学生になっても続いたといいますが、

音楽からは離れられなかったようで、

大学在学中の1972年に高校時代の友人・吉田正美さんと

フォークデュオ『グレープ』を結成。そして、1973年にシングル

『雪の朝』でプロデビューを果たします。

『精霊流し(しょうろうながし)』や『無縁坂』などのヒット曲を連発。

『精霊流し』では、第16回日本レコード大賞作詞賞も受賞しています。

人気絶頂期の1976年4月、さだまさしさんの体調不良を原因に

『グレープ』は解散。さだまさしさんの引退もささやかれましたが、

半年後にソロで復帰し、ファンを安心させました。

さだまさしさんは社会現象にまでなった『関白宣言』や、

シングル『親父の一番長い日』、名作ドラマの主題歌

『北の国から~遥かなる大地より~』など、数々の名曲を残していきます。

2001年からは小説家としての活動も開始しており、

『精霊流し』『解夏』『眉山』『アントキノイノチ』

『風に立つライオン』などを執筆。各作品は映画化もされました。

ファンとの触れ合いを大切にするさだまさしさんは、

活動の中心をコンサートに置き、ソロデビューから続く公演回数は、

現在4000回を超えています。

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さだまさし(シンガーソングライター)息子つけめん

さだまさしさんは、1983年にキャビンアテンダントをしていた

一般女性と結婚し、一男一女を授かりました。

息子さんは、音楽ユニット『TSUKEMEN』で、バイオリニストとして

活躍している佐田大陸(たいりく)さんです。

Wバイオリン&ピアノのインスト・ユニット

「TSUKEMEN(つけめん)」のリーダー・TAIRIKU(34)の

父は大物シンガーの“あの人”だ。

40~50代の女性を中心に絶大な支持を

集める3人組を率いるイケメンの父は、さだまさし(66)。

ユニークなユニット名の考案者でもある。

人々の心を動かす洗練された音楽の遺伝子を受け継いだ3人は、

クラシックをベースにした唯一無二のジャンルを確立。

海外公演も積極的に行うなど活躍の場を世界へと広げている。

3人がユニット名を考えていると、たまたま顔を見せた、さだがつぶやいた。

「おまえたち、イケメンまでいかないから、その手前でツケメンくらいじゃないか?」

偶然にも3人のローマ字での頭文字「T」「SU」「KE」に男の「MEN」で

「TSUKEMEN」。3人は代替案を模索したが

「TSUKEMENを超えるインパクトのある名前が浮かばなかった」

(TAIRIKU)ことから、正式なユニット名になった。

「名前を見ると、めちゃダサいんですよ。今もダサいなぁ~って思います。

でも、話題にしてもらえる。

今日もこうやって、由来を聞いてもらえる。それだけでも成功かな」とSUGURUが話せば、

KENTAも「かっこよくはないけど、すてきな名前だなって思ってもらえるように頑張りたい。

でも…改名のチャンスはひそかに狙ってますけど」

父は仕事が忙しく、外出が多かった。

それでも心に刻まれる言葉を受けてきた。

「決して言葉は多くはなかったけど、僕のことを尊重してくれて、

『自分の好奇心にしたがって、周りを気にせず、やりたいことを信じてやれ』と。

ミュージシャンとして活動することを決めた時にも『どんどんやればいい』と」

「まったく逆(苦笑い)。気さくな印象が強いと思いますが、そのままですね。

1万人と話す時と、僕ひとりに向き合う時が同じ。裏表のない人です、ほんと」

TSUKEMENの3人は、いずれも幼少期から音楽に親しみ、

音大で腕を磨いた実力者。Wバイオリン&ピアノという

独自のスタイルは音楽性より人間性を重視した結果だ。

「楽器編成というより、この3人ありき。3人の波長が合って、

雰囲気が良かったから、うまくやってこられたと思います」

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さだまさし(シンガーソングライター)研究会早稲田

「早稲田大学さだまさし研究会」は30年の時を超えて活動を続けているとのこと。

やはりいいものは時を超えるのでしょうか

さだまさしさんのファンサークルとして長きにわたって活動しております。

全国の大学で「さだ研」設立ブームがあったそうです。

当時、さだまさしさんが『セイ!ヤング』という深夜放送ラジオ番組をやっておられました

(さださんは1981年-1994年を担当)。

その番組の中で、各大学が「さだまさし研究会を作りました!」と

報告するのが盛り上がったそうで。

そのきっかけは、当早大さだ研が、信州大学さだ研などと共に番組で取り上げられたことです。

やはり親の影響が強いようです。親が青春時代に聞いていた、

好きだったので、子供がそれを受け継ぐというパターンです。

実際に私もそうです。さださんから始まって「フォークソング」

「ニューミュージック」を聴くようになる人が多いですね。

さださんは「言葉の魔術師」だと思います。詩が何よりも魅力的ですね。

また歌とトークのギャップが魅力的だと思います。

トークはとても明るくて面白いんですよ。

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最後に(動画有り)

「償い」とは、シンガーソングライターのさだまさし氏が作曲し、

1982年にアルバム「夢の轍」に収録された曲です。

この曲は交通事故によって命を失い、あるいは人生を狂わせてしまった

人達の悲哀を歌ったもので、なかなか考えさせられる内容となっています。

聞く人によっては暗い気持ちになるかもしれませんし、捉え方は様々でしょう。

ですが、自動車に乗る上での責任の重さというものを忘れないためにも、

まだ聞いたことのない方には是非とも聞いて頂きたいと思います。

さだまさしさん「償い」を道徳の授業で

 

僕の友人であるゆうちゃんは「たった一度だけ哀しい過ち」、

即ち人身事故を起こしてしまうのです。

歌詞を見る限りゆうちゃんは、本当の事情を隠してニコニコ笑えるような、

気丈で優しい人柄であると想像できます。

事故の原因は、雨による視界の悪さとゆうちゃんの疲労が重なったもので、

まさしく不幸と呼べるものです。

それでも愛する夫を失った被害者の奥さんは

「人殺し、あんたを許さない」とゆうちゃんを罵ります。

事故の後、彼は奥さんに対する償いのために人が変わったように

働いて働いて、毎月仕送りを続けます。

たった一度の事故で被害者の命は失われ、ゆうちゃんと

奥さん2人の人生は狂ってしまったということですね。

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